『邂逅』世界平和の実験


2018年8月30日、
今野玲央さん(箏)、高木凛々子さん(Vln.)により、
拙作『邂逅 −六段とSerenadeによる− 』を初演して頂きました。

私の、
「私自身こそが、より自分らしく喜びに溢れて生きていたい!」
という願望が発端となり、
この世の全てのものがそのものらしく、
喜びに溢れて存在することを願う曲になったように思います。

最初、玲央さんからは、
「クラシックの曲を箏にアレンジしてほしい」というご依頼を頂きました。
が、
「めっちゃ自分らしく、生きるぞ生きるぞ生きるぞー!」
と決心したばかりの私は、
これを断ろうと思って彼に会いに行ったのです。
クラシックの楽曲を邦楽器にアレンジしたものはこの世に溢れています。
しかし、その作業をする私を想像すると、
「私らしく、喜びに溢れて生きる」姿とはあまりにも違いました。
そしてそれを、勇気を振り絞って彼に伝えました。
「私は、それをするために生まれてきたんじゃない!」
とまで言いました。

彼はただただ、私の決意表明を聞き、
そして(私と違って)穏やかに、彼の希望を述べてくださいました。

「箏を、箏の業界の方にだけでなく、他の方々にも聞いて欲しい」
「耳に慣れた曲を演奏することで、それが成せるのではないか」

聡明な彼の、率直な希望、意見を聞き、
「断るぞ断るぞ断るぞ私は喜びに満ちて生きたいのだ生きたいのだ」
となっていた私の脳が、少し緩みました。

・箏を、箏の業界以外の方に聞いていただく。
・耳慣れた曲を演奏する。

えっ、それは、したらいいんじゃない??

彼は、ViolinとのDuoを考えている、と言いました。
(楽器はまだ確定ではありませんでした)。

私は以前、『さくら借景』という、箏とViolinの曲を書いた事を思い出しました。
『さくらさくら』をモチーフに、自由なスタイルで書き上げたものです。
山野安珠美さんに委嘱していただき、
山野さんの箏と、篠崎史紀さんのViolinで初演して頂きました。

それを書いた時は、なぜ「書きたい」と思ったのかを、
鮮明に思い出そうとしました。(玲央さんとの打ち合わせ中です)

ーーーー(初演時プログラムノートより、引用)ーーーーー

借景、とは造園技法で、庭園外の風景を利用して景観を作る手法です。
山野さんから「さくらさくら」は海外公演でも一番喜ばれ、
ワークショップでもこのメロディを奏でられた喜びで皆さんが笑顔になってくださる、
と伺い、私はその現象の美しさに胸がいっぱいになりました。
人と人との交流の礎となれるような楽曲にしたい、という願望を持ち、
また、箏とヴァイオリンという編成の指定があったのもその願望と合致いたしました。
和と洋をただ重ねるだけでなく、共存するように心がけ、
桜の花に象徴された命の謳歌を、
演奏会というスタイルで味わって頂けるように配慮いたしました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

美しい………!!
こういうことなら、書きたい!!

そして、私は何が「私らしくない」と感じるのか……
鮮明に感じ取ろうとしました。(玲央さんとの打ち合わせ中です)
私は……
耳慣れた曲だという理由で、
邦楽器が、その独自の素晴らしい美を隠したまま、不得意なことをやらされて、
そしてさらに「やっぱり『和』はいいね〜♪」などとお客様がおっしゃって、

…………ああっ!!!!!

……そのようなことの一端を担いたくなかったのです。

それが、わかりました。

【材料】
・箏を、箏の業界以外の方に聞いていただく。
・耳慣れた曲を演奏する。

そして、

・各楽器がその楽器らしく存在する。

これらが目の前に集まり、手のひらの中に収まり、
それが美しく並存する姿を、私は見ました。
鳥肌がたち、震えました。
(どこからか……)受け取ったイメージを、
言語化するのと発話したのは同時でしたので、うまく喋れたか覚えていません。
それでも玲央さんは、喜んでくださり、
その顔、その表情が、本当に「わくわく」されていたので、
私はこの、たった今生まれたアイディアが、
「本物」であるのだろうと確信いたしました。

このようにして、
『邂逅 −六段とSerenadeによる− 』という楽曲の核が芽生えました。

箏は古典曲『六段』を演奏し、
Violinはシューベルトの歌曲『Serenade(Ständchen)』を演奏し、
和の楽器は和を全うし、洋の楽器は洋を全うする、ところから、始まります。
(楽曲の選定に関しては、またの機会に……)

ーーーー(ライナーノーツより引用)ーーーーーーーーーー

二つの楽曲が出会い、時に反発し、時に融合し、命を謳歌していく。
各々の姿は一見変容したように見えても存在の核は保たれ続けています。
共存の為の妥協や迎合は不要であり、新しい手段を得さえすれば、
個を保ったまま共に美しく生きていけるのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私は、そう、信じました。
信じたので、音楽という形において、それは表出されました。
(どうぞ、この曲をお聴きいただき、それを確認して頂きたく思います)

また、
私は音楽という形以外においても、それは成されると、確信しました。

違うもの同士、
『共存の為の妥協や迎合は不要であり、新しい手段を得さえすれば、
個を保ったまま共に美しく生きていけるのです。』

そう、信じます。
この曲は、世界平和というものがあり得ると証明しています。

冒頭にも書きました通り、
私の、
「私自身こそが、より自分らしく喜びに溢れて生きていたい!」
という願望が発端となり、
この世の全てのものがそのものらしく、
喜びに溢れて存在することを願う曲になりました。

打ち合わせの最後、
「いや〜っ!! 良い打ち合わせだったわ〜!!!!」
と私は笑顔でのたまいました。
だって、本当に、そうだったんだも〜ん!!!

私が、色々なもの、
感情、情報、過去、未来、に巻き込まれもみくちゃになりながら、
この「核」をキャッチする……のところまで、
目の前で待ち続けてくださった玲央さん(20歳)の成熟度がすごい、
と、後で思い返しました。

ライナーノーツに、これ全部書きたかったんだ〜〜!!
でも「3ページください」ってなっちゃうから!!

ここに書きました。

玲央さんありがとう。尊敬しております。

One thought on “『邂逅』世界平和の実験

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です