『THE鍵KEY』を体験して。

5月とは思えない暑さの中、上野の霊園を通り抜け、
旧平櫛田中邸アトリエへと辿り着いた。一番乗りだった。
古い、一軒家。

古い日本家屋。1階の3部屋、2階の1部屋が使用された。

この一軒家の中で、『THE鍵KEY』の公演があったのでした。

作・演出はイギリスの作曲家、フランチェスカ・レロイさん。
内容についての、『THE鍵KEY』詳細ページ。

谷崎潤一郎『鍵』を原作に、
一軒家という空間を利用した、観客回遊型のオペラ。
演奏家含め、実演家は12人。

登場人物「夫」の部屋に、夫(Bari.)と、尺八と、コントラバス。
登場人物「妻」の部屋(2階)に、妻(Sop.)と、笙と、チェロ。
登場人物「娘」の部屋に、娘(Mez.Sop.)と、鳴り物、バイオリン。
登場人物「木村」の部屋に、木村(ダンサー)、琵琶、クラリネット。

客は各部屋を自分の意思で自由に行き来しながら、
この家で起こること、を目撃していく!

話の内容は、原作『鍵』に依るもの、
「夫」は「妻」を性的に満足させられていないと悩み…
「娘」の婚約者として紹介した「木村」、を気にかける「妻」、
それに対して性的興奮を覚えた「夫」、
4人の思惑がそれぞれの主観で語られた。
(「木村」はダンサーであり、言葉は発さず。体のパフォーマンスのみ。
 但し、琵琶奏者が浄瑠璃のように、語るのであった。好きだ!)

谷崎だし、やはり官能的な感じなのかしら〜 と、開場を待つ間、
近くにいらした老齢の男性、連れの女性に一生懸命、
「愛欲が……!」「愛欲の……!」と語ってらして、
期待が高まっていらっしゃるの、とてもよい命ですね。と思いました。

美しく、世界観に合致したパンフレット!

開演。夫の部屋から始まる。
(開演時のみ部屋の指定があり、あとは自由に回遊)

とても間近に、実演家が存在する。
目の前で、まさにその人物が生きている。
音楽は、現代的な手法によるもの、
演奏家の即興によるものというよりは、きちんと書き込まれているような印象。
演奏家、特に歌い手、は、
進んでいくための道は楽譜という形で用意され、担保されていることにより、
むしろ自由に、演技、表現、に力を使えているように感じた。

各部屋、邦楽器、洋楽器が1対1なのが良い効果。
楽器はそれぞれ、伝統的な演奏法のみならず、
必要とされる音を、出す、 という、使われ方もし、
この、『THE鍵KEY』で表す主題、 それが表れるための、
あらゆることが、試され、実演されていた。(好きだ!)

夫と娘の部屋は隣同士で、よく互いの部屋の音も聞こえるし、
客は、居る場所を厳密に選ぶことによって、両方同時に見られる!
夫が「こうなのでは」と思ったことの証明を娘が歌うということも起きた。

のちのポストトークで知ったことだが、
各部屋の進行は音楽(と芝居)の時間によってのみ進んでおり、
時計を見ながらタイミングを計ったり、
また、隣の部屋とのコミュニケーションが前提で書かれているわけではないようだった。
各部屋、3人のユニット、それが4組分、
それぞれ、各々の芸術の中で進むのだった。

他の部屋との時間軸が触れ合うのは、偶然性によるもの。(好きだ!)

「えっ、夫がこんなこと言ってるけど、妻っ、妻はっ、今どうしてる?!?!」
と2階へ駆け上がったり、
「妻っ、ええっ、ってことは、木村はっ?!?!」
と1階へ駆け下り、
「えええええ、木村〜っ! 娘、どう思ってるん…だ…」
廊下をわたり、
「娘、そんな感じかよ〜!すごいわ〜!えええええっ」
そして夫の歌が聴こえてくる……

のような!
自分で、物語を紐解いていっているような、喜びがあった!
それは、確実に演奏される音楽、歌、ダンスという、
安心してそこに乗っかっていける礎、があるからこそ、と、とても思う。


「夫」松平敬さん、「妻」工藤あかねさん、
「娘」野田千恵子さん、「木村」綾香詳三さん、
それぞれが、それぞれの形ですばらしかった。
全てを書くことはできないが、一番心に残った場面を紹介。

ずっと2階にいた妻が、下に降りてくる。
(もう、物語は後半となっている)
木村の部屋を訪れ、木村と妻との視線が交差した瞬間、
「ああ、ここには、本当に、愛情があったのだ……」と、私は受け取り、
あまりに美しい光景で、涙が出てしまった。

この作品を見終わり、「おもしろい試みでしたね」という感想ではなく、
「ああ、本当に、愛情があった……」と感じられた。
それは、この作品が、
精神的にとっても充実していたから……!に他なりません。
(この作品の精神の充実に、夫、娘、音楽も、もちろん、関与している)

最後のシーンも大変印象的で、
照明がとても効果的だったように思う。

 

 

見終わって、(見ている間からでしたが)大興奮!!のわたくし。
総合して考えて、ともかく、私は、
フランチェスカ・レロイさんの、ファンだ!! と思いました。

終演後のポストトークも大変意義あるもので、
音楽評論家の鈴木淳史さんが、
まさに私の知りたいことを皆さんから引き出してくださり、
作品への理解が深まったと共に、再度私は、
フランチェスカ・レロイさんの、ファンだ!! と思いました。

表現すること、実現していくこと、
それは可能なのだと、勇気をいただいたような気持ちがある。

良きものを体験できた、幸運を噛み締め、
自分も自分の道を、自分のペースで、進もう〜!

と、晴れやかな気持ちになったのでした。

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